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×「今日よりぞ幼心を打ち捨てて人と成りにし道を踏めかし」

吉田松陰

松陰26歳のとき、元服した従兄弟に贈った言葉。
15歳で成人となった昔。精神的な成熟度は現在とは比すべくもなく、果たしていい歳になった今の自分にとってもたいへんに含蓄のある言葉である。
歴史の教科書などで見知った松陰の肖像画は、物静かな感じであり、人生を長く歩んだ年寄りのように感じられるかもしれないが、実際は情熱的な人物であり、またその情熱故に安政の大獄により志半ばにして29歳(享年30歳)という若さでこの世を去ることになる。松陰のこの肖像画に限らず一般的に昔の肖像写真などは、有名無名を問わず風貌に風格があり、たいていは想像した年齢より若く驚く。被写体である人物の視線、そしてそれを写し取る人物の視線、その先の世界を感じ取りながら、あらためて肖像写真や肖像について、また「日本人の顔」「日本人の精神・思想」というものについて考えてみるのも興味深い。


ところで萩藩校明倫館の跡地に建つ萩市立明倫小学校では、毎朝、各教室で子供たち全員が「松陰先生のことば」を朗唱し、特にこの言葉は、小学一年生がはじめに覚える言葉だという。すぐに意味はわからなくとも、このような言葉に早くから出会える機会を与えられた子供たちが羨ましく思われる。かつて「先生」と「師」という言葉は同義語であった時代の気風が萩には残っているのかもしれない。
明治生まれの父親を持つ私の父の世代などは、戦後学びたくても充分に学べない時代状況がまだあり、時間をみつけては図書館に通い、論語をはじめ、西洋や東洋哲学など様々な思想・哲学書を、目を赤くしながら夢中で読みふけったといいます。また近所のお寺の説教所では仏教思想に親しんだりと、とにかく知識を得、いろいろな思想に触れることが楽しく、それが普通のことであったと。時代がそうであったといえばそれまでですが、この情熱にはいつも圧倒されます。「三つ子の魂百まで」「鉄は熱いうちに打て」という私の魂の熱いベストな時期は過ぎてしまったかもしれませんが、そのような情熱を持っていろいろなことを学び続けていけたらと思います。

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